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高島の安曇白波は騒けども
我れは家思ふ廬り悲しみ

歌の意味
高島の安曇の白波は騒いでいるけれども、私は家を思う。仮の宿りが悲しいので。
鑑賞
巻第七 雑歌 1238

詞書は前の歌に続き「羈旅にて作る」
 高島の安曇川の白波が騒がしく立っていても、その音にまぎれることなく家を思い続けると詠む一首である。仮の宿りの侘しさが、望郷の思いをいっそう募らせている。
 古集に出る歌とされる。柿本人麻呂の「笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば」(巻第二の第百三十三首)と、「騒げども我れは〜思ふ」という構成がよく似ている。高島は本巻の第千二百三十六首にも詠まれている。作者は未詳である。

 初句「高島の」は、近江の高島の、の意で、本巻の第千二百三十六首の三句と同じ地である。
 二句「安曇白波は」は、高島を流れる安曇川の白波は、の意である。
 三句「騒けども」は、騒いでいるけれども、の意である。
 四句「我れは家思ふ」は、私は家を思う、の意で、四句切れの字余りの句である。
 結句「廬り悲しみ」は、仮の宿りが悲しいので、の意のミ語法。倒置によって理由を示している。

いほり:仮に作った小屋、またそこに宿ること
出典
万葉集
前の歌
静けくも岸には波は寄せけるか これの屋通し聞きつつ居れば
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大海の磯もと揺り立つ波の 寄せむと思へる浜の清けく