- 歌の意味
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山守が里へ通っていた山道は、草木が茂ってしまった。もう忘れてしまったらしいなあ。
- 鑑賞
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巻第七 雑歌 1261
詞書は前の歌に続き「時に臨む」
山守が里へ通っていた山道が草木に覆われてしまったのを見て、もう通うことを忘れてしまったらしいと詠む一首である。通って来なくなった男を、道の茂りによって嘆く女性の心を譬えた歌と見られている。
時に臨む歌の一首である。通い路が絶えて草が茂るさまに、恋の途絶えを見る発想である。古歌集に出る歌である。作者は未詳である。
初句「山守の」は、山の番人の、の意である。
二句「里へ通ひし」は、里へ通っていた、の意である。
三句「山道ぞ」の係助詞「ぞ」は、四句の連体形「ける」と呼応する。
四句「茂くなりける」は、草木が茂ってしまった、の意。「ぞ〜ける」の係り結びで、四句切れとなる。
結句「忘れけらしも」は、忘れてしまったらしいなあ、の意。「けらし」は根拠のある推量で、道の茂りから通いの途絶えを推し量っている。
やまもり:山の番人
- 出典
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万葉集
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時ならぬ斑の衣着欲しきか 島の榛原時にあらねども
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あしひきの山椿咲く八つ峰越え 鹿待つ君が斎ひ妻かも