思ひあまりいたもすべなみ玉たすき
畝傍の山に我れ標結ひつ
- 歌の意味
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思いがあふれて、どうにもしようがないので、畝傍の山に私は標を結ってしまった。
- 鑑賞
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巻第七 譬喩歌 1335
詞書は前の歌に続き「山に寄す」
思いがあふれてどうしようもなく、畝傍の山に標を結ってしまったと詠む一首である。畝傍山を神聖で近づきがたい女性に、標を結うことをその人を自分のものと定めることに譬え、恐れ多さを越えて思いを遂げようとした心が表されている。
山に寄せる五首の最後の歌である。第千三百三十一首、第千三百三十四首で恐れ多い相手への恋を嘆いたのに対し、この歌はついに標を結ったと詠み、一連を結んでいる。標を結う趣向は本巻の第千二百五十二首にも見える。作者は未詳である。
初句「思ひあまり」は、思いがあふれて、の意である。
二句「いたもすべなみ」は、まったくどうしようもないので、の意。「み」は原因や理由を表す。
三句「玉たすき」は、たすきを項(うなじ)に懸ける意から、同音の「畝傍」にかかる枕詞である。
四句「畝傍の山に」は、大和三山の一つ、畝傍山に、の意で、神聖な山として近づきがたい女性を譬える。
結句「我れ標結ひつ」は、私は標を結ってしまった、の意。標を結うことは自分の領分と定めることで、本巻の第千二百五十二首の結句「標結ふなゆめ」と同じ語である。
たまたすき:「畝傍」などにかかる枕詞
しめゆふ:縄を張って自分のものであることを示す
- 出典
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万葉集
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奥山の岩に苔生し畏けど 思ふ心をいかにかもせむ
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冬こもり春の大野を焼く人は 焼き足らねかも我が心焼く