三島江の玉江の薦を標めしより
己がとぞ思ふいまだ刈らねど
- 歌の意味
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三島江の玉江の薦を、標を張って占めた時から、自分のものだと思っている。まだ刈ってはいないけれど。
- 鑑賞
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巻第七 譬喩歌 1348
詞書は前の歌に続き「草に寄す」
三島江の玉江の薦に標を張ってからは、まだ刈っていないけれども自分のものだと思っていると詠む一首である。薦を恋しい女性に、標を張ることを婚約に、刈ることを結ばれることに譬え、まだ結ばれてはいないが、すでに自分の妻と思う心を表している。
草に寄せる歌の一首である。前歌の第千三百四十七首と「標めし」の語を共有し、前歌が他人に刈るなと求めるのに対し、この歌は自分のものだと思い定めていて、二首が対応している。三島江は摂津国の淀川沿いの入り江である。作者は未詳である。
初句「三島江の」は、摂津国の三島江の、の意である。
二句「玉江の薦を」は、美しい入り江の薦を、の意。「玉」は美称である。
三句「標めしより」は、標を張って占めてから、の意。前歌の三句「我が標めし」と同じ語である。
四句「己がとぞ思ふ」は、自分のものだと思っている、の意。係助詞「ぞ」を受けて連体形「思ふ」で結ぶ係り結びで、四句切れとなる。
結句「いまだ刈らねど」は、まだ刈ってはいないけれど、の意で、四句との倒置となっている。
こも:マコモ。水辺に生える草で、むしろなどを編む
しむ:標を張って自分の領分とする
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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君に似る草と見しより我が標めし 野山の浅茅人な刈りそね
- 次の歌
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かくしてやなほや老いなむみ雪降る 大荒木野の小竹にあらなくに