木綿懸けて祭る三諸の神さびて
斎むにはあらず人目多みこそ
- 歌の意味
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木綿を懸けて祭る三諸の神のように神々しくして、身を慎んでいるのではない。人目が多いからこそなのだ。
- 鑑賞
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巻第七 譬喩歌 1377
詞書「神に寄す」
逢わずにいるのは、木綿を懸けて祭る三諸の神のように身を慎んでいるからではなく、人目が多いからこそなのだ、と詠む一首である。恋人に逢わない理由を、神に仕えて身を清めることになぞらえて打ち消し、人目をはばかる本心を訴えている。
詞書「神に寄す」のもとの最初の歌で、次歌と初句「木綿懸けて」を共有している。前歌の人の噂を恐れる心に続き、人目をはばかる歌となっている。作者は未詳である。
初句「木綿懸けて」は、木綿を榊などに懸けて、の意で、神を祭るさまをいう。次歌と同じ初句である。
二句「祭る三諸の」は、祭る神の社の、の意。初句からここまでが三句「神さびて」を導く序詞となっている。
三句「神さびて」は、神々しく振る舞って、の意である。
四句「斎むにはあらず」は、身を清め慎んでいるのではない、の意で、四句切れとなる。
結句「人目多みこそ」は、人目が多いからこそ、の意。「多み」は「〜ので」の意のミ語法で、係助詞「こそ」の後の結びが省略されている。
ゆふ:楮の皮の繊維で作った布、神事に用いる
みもろ:神の降臨する所、神の社
かむさぶ:神々しく振る舞う
いむ:身を清め慎む
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大和の宇陀の真埴のさ丹付かば そこもか人の我を言なさむ
- 次の歌
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木綿懸けて斎ふこの社越えぬべく 思ほゆるかも恋の繁きに