泊瀬川流るる水沫の絶えばこそ
我が思ふ心遂げじと思はめ
- 歌の意味
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泊瀬川を流れる水の泡が絶えたならばこそ、私の思う心を遂げられないとも思おうが。
- 鑑賞
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巻第七 譬喩歌 1382
詞書は前の歌に続き「河に寄す」
泊瀬川を流れる水の泡が絶えるようなことがあれば、自分の思いを遂げられないとも思うだろうが、と詠む一首である。絶えることのない水の泡を引き合いに出し、思いを必ず遂げずにはおかないという強い決意を表している。
河に寄す歌の一首で、前歌が自分の思いの深さを嘆くのに対し、この歌は思いを遂げようとする強い心を詠んでいる。作者は未詳である。
初句「泊瀬川」は、大和の泊瀬の地を流れる川である。
二句「流るる水沫の」は、流れる水の泡の、の意で、字余りの句である。
三句「絶えばこそ」は、絶えたならばこそ、の意。係助詞「こそ」は結句の已然形「め」と呼応する。
四句「我が思ふ心」は、私が思う心、の意である。
結句「遂げじと思はめ」は、遂げられないとも思おうが、の意。「こそ〜め」の係り結びで、水の泡が絶えることはないので、思いは必ず遂げるという意を含む。
みなわ:水の泡
とぐ:成し遂げる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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広瀬川袖漬くばかり浅きをや 心深めて我が思へるらむ
- 次の歌
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嘆きせば人知りぬべみ山川の たぎつ心を塞かへてあるかも