- 歌の意味
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鏡のようにいつも私が見ていたあなたを、阿婆の野の花橘の実のような玉として拾ったことだ。
- 鑑賞
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巻第七 挽歌 1404
詞書「挽歌」
鏡のようにいつも見慣れていた人を、阿婆の野で花橘の玉として拾ったと詠む一首である。火葬した亡き人の骨を拾ったことを、花橘の実を玉として拾うことになぞらえたものと解されており、変わり果てた姿を美しい玉にたとえて悲しみを表している。
詞書「挽歌」のもとの最初の歌で、巻第七の最後の部立である挽歌の部はこの歌から始まる。阿婆の野の所在は明らかでない。作者は未詳である。
初句「鏡なす」は、鏡のように、の意で、いつも見る意から「見」にかかる枕詞である。
二句「我が見し君を」は、私がいつも見ていたあなたを、の意である。
三句「阿婆の野の」は、地名で、所在は未詳である。
四句「花橘の」は、橘の花、またその実をいい、次の「玉」を導いている。
結句「玉に拾ひつ」は、玉として拾った、の意。火葬の後に骨を拾ったことを表すと解されている。
はなたちばな:橘の花、また花の咲いた橘
ひりふ:拾う
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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こと放けば沖ゆ放けなむ港より 辺著かふ時に放くべきものか
- 次の歌
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秋津野を人の懸くれば朝撒きし 君が思ほえて嘆きはやまず