玉梓の妹は玉かもあしひきの
清き山辺に撒けば散りぬる
- 歌の意味
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妻は玉なのだろうか。清らかな山のあたりに撒くと、散ってしまった。
- 鑑賞
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巻第七 挽歌 1415
詞書なし(挽歌の部)
妻は玉なのだろうか、清らかな山辺に撒くと散ってしまったと詠む一首である。火葬した妻の骨を山に撒いたことを詠んだものと解されており、はかなく散ってゆく姿を玉にたとえて悲しみを表している。
挽歌の部の十二首目である。次歌は「或る本の歌に曰く」として載るこの歌の異伝で、「玉」を「花」、「清き山辺」を「この山蔭」、「散りぬる」を「失せぬる」とする。作者は未詳である。
初句「玉梓の」は、ふつう「使ひ」にかかる枕詞であるが、ここでは「妹」にかかっている。次歌の初句と同じである。
二句「妹は玉かも」は、妻は玉なのだろうか、の意で、二句切れとなる。次歌では「妹は花かも」とある。
三句「あしひきの」は、「山」にかかる枕詞で、次歌の三句と同じである。
四句「清き山辺に」は、清らかな山のあたりに、の意。次歌では「この山蔭に」とある。
結句「撒けば散りぬる」は、撒くと散ってしまった、の意。次歌では「撒けば失せぬる」とある。
たまづさ:使者、手紙、枕詞として用いる
まく:撒く、散らす
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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薦枕相枕きし子もあらばこそ 夜の更くらくも我が惜しみせめ
- 次の歌
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玉梓の妹は花かもあしひきの この山蔭に撒けば失せぬる