神なびの石瀬の社の呼子鳥
いたくな鳴きそ我が恋まさる
- 歌の意味
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神なびの石瀬の杜の呼子鳥よ、そんなにひどく鳴かないでおくれ。私の恋しさがつのるから。
- 鑑賞
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巻第八 春雑歌 1419
詞書「鏡王女の歌一首」
神の宿る石瀬の杜で鳴く呼子鳥に向かい、その声を聞くと恋しさがつのるから鳴かないでほしいと呼びかけた歌である。人を呼ぶように鳴くという鳥の名に、会えない人を恋う自らの思いを重ねている。
作者の鏡王女は、天智天皇の寵愛を受け、のちに藤原鎌足の正室となったと伝えられる女性である。額田王の姉とする説もある。
初句「神なびの」は、神が降りて宿る森や山を指す語である。石瀬の社が神聖な場所であることを示す。
二句「石瀬の社の」は、奈良県斑鳩町のあたりとされる森である。初句と二句は、本巻の第千四百六十六首と同じ言葉で始まり、そちらでは呼子鳥ではなく霍公鳥が詠まれている。第千四百七十首も「石瀬の社の霍公鳥」とし、同じ杜の鳥を詠む歌が巻中に連なっている。
三句「呼子鳥」は、人を呼ぶように鳴く鳥で、かっこうの類かといわれる。鳥名の「呼ぶ」に、恋人を呼び求める心を響かせている。
四句「いたくな鳴きそ」は、「な〜そ」の禁止表現で、ひどく鳴かないでくれと願う。ここで句切れとなる。同じ句は本巻の第千四百六十五首、第千四百八十四首にもみえる。
結句「我が恋まさる」は、鳴いてほしくない理由を示す。鳥の声が恋心をかき立てるという心情を簡潔に言い切っている。
かむなび:神が降りて宿る森や山
よぶこどり:人を呼ぶように鳴く鳥、かっこうの類とされる
- 作者
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鏡王女
- 出典
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万葉集
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石走る垂水の上のさわらびの 萌え出づる春になりにけるかも
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沫雪かはだれに降ると見るまでに 流らへ散るは何の花ぞも