古典和歌stream

我が背子に見せむと思ひし梅の花
それとも見えず雪の降れれば

歌の意味
あなたに見せようと思っていた梅の花は、どれがそれとも見分けられない。雪が降っているので。
鑑賞
巻第八 春雑歌 1426

詞書は前の歌に続き「山部宿禰赤人の歌四首」
 親しい人に見せようと楽しみにしていた梅の花が、降り積もった雪にまぎれて見分けられなくなったと詠む歌である。白梅と白雪が溶け合う美しさと、見せられない残念さとが同時に表されている。「我が背子」は女性が男性を呼ぶ語であるが、ここでは親しい友への呼びかけとも解される。
 作者の山部赤人は、奈良時代前期の宮廷歌人である。清らかな叙景歌にすぐれ、後世、柿本人麻呂と並び称された。
 『古今和歌集』冬歌には「梅の花それとも見えず久方の天霧る雪のなべて降れれば」という類歌があり、柿本人麻呂の歌とする伝えを添えている。

 初句「我が背子に」は、梅を見せたい相手を示す。
 二句「見せむと思ひし」は、意志の「む」と過去の「し」で、見せようと心づもりしていたことを表す。同じ句は本巻の第千五百八首にもあり、そちらは「我妹子に」と女性に橘を見せようとする歌で、呼びかける相手と花とが入れ替わった対応をなしている。
 三句「梅の花」は、二句の思いの対象を体言で示す。
 四句「それとも見えず」は、どれが梅の花とも見分けがつかないの意である。ここで句切れとなる。
 結句「雪の降れれば」は、雪が降っているのでと理由を示し、倒置によって一首を締めくくる。白い梅と白い雪がまぎれ合うさまは、本巻冬雑歌の第千六百四十首、第千六百四十五首でも詠まれている。

せこ:女性が夫や恋人を親しんで呼ぶ語、親しい友人をいうこともある
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
あしひきの山桜花日並べて かく咲きたらばいたく恋ひめやも
次の歌
明日よりは春菜摘まむと標めし野に 昨日も今日も雪は降りつつ