我が背子が見らむ佐保道の青柳を
手折りてだにも見むよしもがも
- 歌の意味
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あなたが今ごろ見ているであろう佐保道の青柳を、せめて一枝手折ってでも見る手だてがあればよいのに。
- 鑑賞
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巻第八 春雑歌 1432
詞書「大伴坂上郎女の柳の歌二首」
親しい人が今ごろ眺めているであろう佐保道の青柳を、せめて手折った一枝だけでも見たいと願う歌である。佐保を離れた地にあって、故郷とそこにいる人をしのぶ心が、芽吹いたばかりの柳に託されている。
作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。大伴家持の叔母であり、のちに姑ともなった。万葉集に多くの歌を残す女性歌人である。
初句「我が背子が」は、柳を見ている相手を示す。
二句「見らむ佐保道の」は、現在推量の「らむ」で、今ごろ見ているだろうと遠くから思いやる。佐保道は奈良の佐保へ通じる道で、大伴氏の邸宅があった地である。
三句「青柳を」は、芽吹いたばかりの緑の柳である。次歌も佐保の青柳を詠み、二首で遠くの柳を思う心と、その柳が春を迎えた姿とを詠み分けている。
四句「手折りてだにも」の「だに」は、せめて〜だけでもの意で、実物を見られない現状を浮かび上がらせる。
結句「見むよしもがも」は、願望の「もがも」で、見る手だてがあればよいのにと願う。かなわぬ願いとして一首を結んでいる。
さほぢ:奈良の佐保へ通じる道
よし:手段、方法
- 作者
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大伴坂上郎女
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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百済野の萩の古枝に春待つと 居りし鴬鳴きにけむかも
- 次の歌
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うち上る佐保の川原の青柳は 今は春へとなりにけるかも