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霞立つ野の上の方に行きしかば
鴬鳴きつ春になるらし

歌の意味
霞の立つ野のほとりの方へ行ったところ、鴬が鳴いた。どうやら春になるらしい。
鑑賞
巻第八 春雑歌 1443

詞書「丹比真人乙麻呂の歌一首[屋主真人の第二子なり]」
 霞の立つ野辺へ出かけたところ鴬の声を聞き、春が来るらしいと感じ取った歌である。霞という目に見える兆しと、鴬の声という耳に届く兆しとが重なり、春の到来を確かなものとしている。父の丹比屋主の歌と並べて配されている。
 作者の丹比乙麻呂は、題詞の注にあるとおり丹比屋主の次男である。

 初句「霞立つ」は、霞の立ちこめる野の情景を示す。
 二句「野の上の方に」は、野のほとりの方への意である。
 三句「行きしかば」は、過去の「しか」に「ば」が付いた確定条件で、行ったところの意である。
 四句「鴬鳴きつ」は、完了の「つ」で、鴬が確かに鳴いたことを言い切り、ここで句切れとなる。鴬は本巻の第千四百三十一首、第千四百四十一首にも詠まれている。
 結句「春になるらし」は、推定の「らし」で、鴬の声を根拠に春の訪れを推し量る。本巻の第千四百二十二首の「春来るらし」と同じく、兆しから春を知る歌である。

ののへ:野のほとり、野のあたり
作者
丹比乙麻呂
出典
万葉集
前の歌
難波辺に人の行ければ後れ居て 春菜摘む子を見るが悲しさ
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山吹の咲きたる野辺のつほすみれ この春の雨に盛りなりけり