世の常に聞けば苦しき呼子鳥
声なつかしき時にはなりぬ
- 歌の意味
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いつもなら聞くとつらくなる呼子鳥も、その声が親しく心ひかれる時節になったことだ。
- 鑑賞
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巻第八 春雑歌 1447
詞書「大伴坂上郎女の歌一首」
ふだん聞けば人恋しさにつらくなる呼子鳥の声も、春の盛りを迎えて親しく心ひかれるものになったと詠む歌である。左注に「右一首は、天平四年(732)三月一日、佐保の宅にて作る」とあり、晩春の佐保の家で詠まれたことがわかる。春雑歌の最後に置かれ、春の季節の深まりを伝えている。
作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。大伴家持の叔母であり、のちに姑ともなった。万葉集に多くの歌を残す女性歌人である。
初句「世の常に」は、ふだん、いつもの意である。
二句「聞けば苦しき」は、聞くと心がつらくなるの意で、人を呼ぶような声が恋しさをかき立てることをいう。
三句「呼子鳥」は、人を呼ぶように鳴く鳥である。本巻の第千四百十九首では呼子鳥にひどく鳴かないでくれと願っており、声を厭う心と声を慕う心とが、同じ鳥をめぐって対照をなしている。
四句「声なつかしき」は、声が親しく心ひかれるの意で、二句の「苦しき」と対になっている。
結句「時にはなりぬ」は、完了の「ぬ」で、そのような季節になったことを言い切っている。
よぶこどり:人を呼ぶように鳴く鳥、かっこうの類とされる
- 作者
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大伴坂上郎女
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春の野にあさる雉の妻恋ひに おのがあたりを人に知れつつ
- 次の歌
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我がやどに蒔きしなでしこいつしかも 花に咲きなむなそへつつ見む