闇ならばうべも来まさじ梅の花
咲ける月夜に出でまさじとや
- 歌の意味
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闇夜ならば、あなたがおいでにならないのももっともだ。けれども梅の花が咲いているこの月夜にも、お出かけにならないというのですか。
- 鑑賞
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巻第八 春相聞 1452
詞書「紀女郎の歌一首[名を小鹿といふ]」
闇夜ならば来ないのももっともだが、梅の花が咲き月の明るいこの夜にさえ来てくれないのかと、訪れない相手を恨む歌である。明るい月夜という絶好の条件を挙げることで、来ない相手への不満と待つ身の切なさをきわ立たせている。
作者の紀女郎は、題詞の注に名を小鹿という女性である。紀鹿人の娘で、安貴王の妻となったと伝えられる。
初句「闇ならば」は、闇夜であるならばという仮定である。四句の「月夜」と対比される。
二句「うべも来まさじ」は、来ないのももっともだの意で、打消推量の「じ」に尊敬の「ます」を添えている。
三句「梅の花」は、四句に続き、梅の咲く夜の美しさを示す。
四句「咲ける月夜に」は、梅が咲き月が明るい夜にの意である。本巻の第千五百九十六首では、男が月夜に娘の家の門を訪ねており、訪ねる側を詠むその歌に対し、この歌は待つ側から月夜を詠んでいる。
結句「出でまさじとや」は、お出かけにならないというのかと問い詰める。初句の闇と四句の月夜を対比させ、来ない理由はないはずだという気持ちを込めている。
つくよ:月夜、月の明るい夜
- 作者
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紀女郎
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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水鳥の鴨の羽色の春山の おほつかなくも思ほゆるかも
- 次の歌
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波の上ゆ見ゆる小島の雲隠り あな息づかし相別れなば