世間も常にしあらねばやどにある
桜の花の散れるころかも
- 歌の意味
-
世の中も変わらずにいるものではないので、家の庭の桜の花も散っている頃なのでしょう。
- 鑑賞
-
巻第八 春相聞 1459
詞書「久米女郎の報へ贈る歌一首」
前歌の厚見王の問いかけに答え、世の中は常に変わっていくものだから、庭の桜も散る頃なのでしょうと返した歌である。心変わりを疑う相手に対し、世の無常を持ち出して、はぐらかすとも、変わったのはあなたの方だとほのめかすとも受け取れる答えになっている。
作者の久米女郎は、厚見王と歌を贈答した女性で、伝は未詳である。
初句「世間も」は、世の中というものもの意である。
二句「常にしあらねば」の「常」は、変わらずにあることで、強意の「し」を添え、変わらないものではないのでと理由を示す。
三句「やどにある」は、前歌の初句をそのまま受け、同じ桜を話題にしている。
四句「桜の花の」は、前歌の二句を受けつつ、自らをたとえた桜を示す。
結句「散れるころかも」は、存続の「り」と詠嘆の「かも」で、散っている頃なのでしょうと答え、前歌の「散るらむ」という推量を、そのとおりだと受けとめる形で結んでいる。
つね:変わらずにあること、永遠不変
- 作者
-
久米女郎
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
やどにある桜の花は今もかも 松風早み地に散るらむ
- 次の歌
-
戯奴がため我が手もすまに春の野に 抜ける茅花ぞ食して肥えませ