我妹子が形見の合歓木は花のみに
咲きてけだしく実にならじかも
- 歌の意味
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あなたが形見として贈ってくれた合歓木は、花ばかり咲いて、もしかすると実を結ばないのではないだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 春相聞 1463
詞書は前の歌に続き「大伴家持の贈り和ふる歌二首」
紀女郎から贈られた合歓の花について、花ばかりが咲いて実を結ばないのではないかと詠む歌である。花だけで実がならないことを、言葉だけで恋が実らないことにたとえ、相手の誘いが本心なのかと問い返している。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。
初句「我妹子が」は、親しい女性を呼ぶ語で、ここでは紀女郎を指す。前歌で「我が君」と呼んだのを、ここでは恋人として呼び直している。
二句「形見の合歓木は」は、贈られた合歓を思い出のよすがとして受けとめている。第千四百六十一首の「合歓木の花」を受けている。
三句「花のみに」は、花ばかりにの意で、実のないことを示唆する。
四句「咲きてけだしく」の「けだしく」は、もしかするとの意で、結句の推量と呼応する。
結句「実にならじかも」は、打消推量の「じ」に「かも」を添え、実を結ばないのではないかと危ぶむ。本巻の第千四百四十五首も「実にならぬ」梅を詠んでおり、花と実の対比で人の縁を思う趣向が通じ合う。
かたみ:思い出のよすがとなる品
わぎもこ:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が君に戯奴は恋ふらし賜りたる 茅花を食めどいや痩せに痩す
- 次の歌
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春霞たなびく山のへなれれば 妹に逢はずて月ぞ経にける