- 歌の意味
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我が家の庭の橘の花に来て、ほととぎすよ、今こそ鳴いておくれ。友と会っているこの時に。
- 鑑賞
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巻第八 夏雑歌 1481
詞書は前の歌に続き「大伴書持の歌二首」
庭の橘の花に来て、友と語らう今この時にこそ鳴いてほしいと、ほととぎすに呼びかける歌である。親しい人々が集う席に、花と鳥の声が加わることを願う、宴の喜びが感じられる。
作者の大伴書持は、大伴旅人の子で、家持の弟にあたる。若くして没した。
初句「我が宿の」は、自分の家の庭を示す。前歌と同じく、我が家を舞台としている。
二句「花橘に」は、花の咲いた橘で、ほととぎすとともに初夏を彩る景物である。
三句「霍公鳥」は呼びかけである。
四句「今こそ鳴かめ」は、係助詞「こそ」を受けて推量の「む」の已然形「め」で結ぶ係り結びで、今こそ鳴くべきだと強く求める。ここで句切れとなる。
結句「友に逢へる時」は、倒置によって、鳴いてほしい時を最後に示す。前歌が月の美しい夜を挙げたのに対し、この歌は友と会う時を挙げ、二首で鳴いてほしい時を詠み分けている。
はなたちばな:花の咲いた橘
- 作者
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大伴書持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿に月おし照れり霍公鳥 心あれ今夜来鳴き響もせ
- 次の歌
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皆人の待ちし卯の花散りぬとも 鳴く霍公鳥我れ忘れめや