いづくには鳴きもしにけむ霍公鳥
我家の里に今日のみぞ鳴く
- 歌の意味
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よそではもう鳴いたのだろうが、ほととぎすは、我が家の里では今日初めて鳴いたことだ。
- 鑑賞
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巻第八 夏雑歌 1488
詞書「大伴家持の霍公鳥を懽ぶる歌一首」
ほかの所ではもう鳴いていたのだろうが、我が家の里では今日ようやくほととぎすが鳴いたと喜ぶ歌である。前の二首でほととぎすの遅い訪れを恨んだのを受け、待ちに待った初音を聞いた喜びが表されている。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。
初句「いづくには」は、よその所ではの意で、自分の里と対比させている。
二句「鳴きもしにけむ」は、過去推量の「けむ」で、鳴いたことだろうと推し量る。ここで句切れとなる。
三句「霍公鳥」は、待ちわびた鳥を示す。
四句「我家の里に」は、我が家のある里にの意で、初句の「いづく」と対になっている。
結句「今日のみぞ鳴く」は、係助詞「ぞ」を受けて連体形「鳴く」で結ぶ係り結びで、今日初めて鳴いたことを強調し、喜びを表している。
わぎへ:我が家
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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霍公鳥思はずありき木の暗の かくなるまでに何か来鳴かぬ
- 次の歌
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我が宿の花橘は散り過ぎて 玉に貫くべく実になりにけり