霍公鳥待てど来鳴かず菖蒲草
玉に貫く日をいまだ遠みか
- 歌の意味
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ほととぎすを待っているけれども来て鳴かない。菖蒲草を玉に貫く五月の節句の日が、まだ遠いからだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 夏雑歌 1490
詞書「大伴家持の霍公鳥の歌一首」
ほととぎすを待っても来て鳴かないのは、菖蒲草を玉に貫く五月の節句がまだ先だからだろうかと推し量る歌である。ほととぎすの訪れと節句の時期とを結びつけ、待ちわびる心を表している。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。
初句「霍公鳥」は、待たれている鳥を示す。
二句「待てど来鳴かず」は、逆接の「ど」で、待っても来て鳴かないの意である。ここで句切れとなる。
三句「菖蒲草」は、今の菖蒲で、五月五日の節句に薬玉として用いられた。
四句「玉に貫く日を」は、菖蒲草を玉に貫く節句の日を指す。本巻の第千四百六十五首は、ほととぎすの声を五月の玉に貫くまで鳴かないでと願っており、この歌はその逆に、節句が近くないから鳴かないのかと推し量っている。
結句「いまだ遠みか」は、「遠し」に「み」が付いた形に疑問の「か」を添え、まだ遠いからだろうかと理由を推し量っている。
あやめぐさ:今の菖蒲、五月の節句に薬玉として用いた
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿の花橘は散り過ぎて 玉に貫くべく実になりにけり
- 次の歌
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卯の花の過ぎば惜しみか霍公鳥 雨間も置かずこゆ鳴き渡る