筑波嶺に我が行けりせば霍公鳥
山彦響め鳴かましやそれ
- 歌の意味
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筑波山に私が行っていたならば、ほととぎすは山彦を響かせて鳴いただろうか、あのほととぎすは。
- 鑑賞
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巻第八 夏雑歌 1497
詞書「筑波山に登らざりしことを惜しむ歌一首」
筑波山に登らなかったことを惜しみ、もし登っていたら、ほととぎすが山彦を響かせて鳴くのを聞けただろうかと思いやる歌である。行かなかった山への心残りが、仮定の形で表されている。夏雑歌の最後に置かれている。
左注に「右一首は、高橋連虫麻呂の歌の中に出づ」とあり、高橋虫麻呂の歌集に収められていた歌であることから、虫麻呂の作とみられる。作者の高橋虫麻呂は奈良時代前期の歌人で、常陸国に赴任したとされ、伝説や地方の風物を詠んだ歌を多く残している。
初句「筑波嶺に」は、常陸国の筑波山である。
二句「我が行けりせば」は、過去の助動詞「き」の未然形「せ」に「ば」が付いた反実仮想の条件で、もし行っていたならばの意である。
三句「霍公鳥」は、筑波山で鳴いたであろう鳥を示す。
四句「山彦響め」は、こだまを響かせての意で、山に満ちるほととぎすの声を思い描く。
結句「鳴かましやそれ」は、反実仮想の「まし」に疑問の「や」を添え、鳴いただろうかと問い、「それ」でほととぎすを指し示している。行かなかった山の声を想像する歌で夏雑歌を閉じ、夏の歌群に余韻を残している。
つくはね:常陸国の筑波山
やまびこ:山に響くこだま
- 作者
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高橋虫麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿のなでしこの花盛りなり 手折りて一目見せむ子もがも
- 次の歌
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暇なみ来まさぬ君に霍公鳥 我れかく恋ふと行きて告げこそ