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妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥
花橘を地に散らしつ

歌の意味
あなたが見たあとで鳴いてくれればよかったのに、ほととぎすは橘の花を地に散らしてしまった。
鑑賞
巻第八 夏相聞 1509

詞書は前の歌に続き「大伴家持の橘の花を攀ぢて坂上大嬢に贈る歌一首[并せて短歌]」の反歌
 恋しい人が橘の花を見たあとで鳴いてくれればよかったのに、ほととぎすが来て鳴き、花を地に散らしてしまったと嘆く歌である。長歌の第千五百七首に添えられた二首目の反歌で、長歌でほととぎすを「醜霍公鳥」とののしったのを受け、花を散らした鳥への恨みを重ねている。
 作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。歌を贈った坂上大嬢は、大伴坂上郎女の娘で家持のいとこにあたり、のちに家持の妻となった。

 初句「妹が見て」は、恋しい人が見てからの意である。
 二句「後も鳴かなむ」は、願望の終助詞「なむ」で、そのあとで鳴いてほしかったと願う。
 三句「霍公鳥」は、花を散らした鳥への呼びかけで、ここで句切れとなる。
 四句「花橘を」は、見せたかった橘の花である。
 結句「地に散らしつ」は、完了の「つ」で、地に散らしてしまったと言い切る。本巻の第千四百九十三首の大伴村上の歌も「本に散らしつ」と、ほととぎすが橘を散らしたことを詠んでおり、同じ情景を恋の恨みへと転じている。

はなたちばな:花の咲いた橘
作者
大伴家持
出典
万葉集
前の歌
望ぐたち清き月夜に我妹子に 見せむと思ひしやどの橘
次の歌
なでしこは咲きて散りぬと人は言へど 我が標めし野の花にあらめやも