なでしこは咲きて散りぬと人は言へど
我が標めし野の花にあらめやも
- 歌の意味
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なでしこは咲いて散ってしまったと人は言うけれど、それが私のしるしを付けておいた野の花であるはずがあろうか。
- 鑑賞
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巻第八 夏相聞 1510
詞書「大伴家持の紀女郎に贈る歌一首」
なでしこは咲いて散ってしまったと人は言うが、自分がしるしを付けて取っておいた野の花が散るはずはないと詠む歌である。なでしこを紀女郎にたとえ、世間のうわさがどうであれ、あなたの心が変わるはずはないと信じる気持ちを表している。夏相聞の最後に置かれている。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。歌を贈った紀女郎は、紀鹿人の娘で、安貴王の妻となったと伝えられる女性である。
初句「なでしこは」は字余りで、相手の女性をたとえた花を示す。
二句「咲きて散りぬと」は、咲いて散ってしまったとの意で、人のうわさの内容である。
三句「人は言へど」は字余りで、逆接の「ど」で、人は言うけれどもの意である。
四句「我が標めし野の」の「標む」は、しるしを付けて自分のものとして確保することで、相手を自分の恋人としていることをたとえる。本巻の第千四百二十七首の山部赤人の歌にも「標めし野」があり、そちらは若菜を摘む野、この歌は恋人をたとえた野と、同じ言葉が春と夏とで用いられている。
結句「花にあらめやも」は、推量の「め」に反語の「やも」を添え、そうであるはずがあろうか、いやないと打ち消している。
しむ:しるしを付けて自分の場所として確保する
なでしこ:淡紅色の花をつける草、秋の七草の一つ
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥 花橘を地に散らしつ
- 次の歌
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夕されば小倉の山に鳴く鹿は 今夜は鳴かず寐ねにけらしも