古典和歌stream

秋萩は咲くべくあらし我がやどの
浅茅が花の散りゆく見れば

歌の意味
秋萩はもう咲きそうになっているらしい。我が家の庭の浅茅の花が散っていくのを見ると。
鑑賞
巻第八 秋雑歌 1514

詞書は前の歌に続き「穂積皇子の御歌二首」
 庭の浅茅の花が散っていくのを見て、秋萩ももう咲くころになったらしいと、季節の移り変わりを感じ取った歌である。目の前の小さな変化から、訪れつつある秋を知る細やかなまなざしが表れている。
 作者の穂積皇子は天武天皇の皇子で、知太政官事を務めた。

 初句「秋萩は」は、秋を代表する花である萩を示す。萩は本巻の秋雑歌で最も多く詠まれる花である。
 二句「咲くべくあらし」は、推定の「らし」で、咲きそうになっているらしいと推し量り、ここで句切れとなる。
 三句「我がやどの」は、自分の家の庭を示す。
 四句「浅茅が花の」は、丈の低いちがやの花である。
 結句「散りゆく見れば」は、散っていくのを見るとの意で、二句の「らし」の根拠を倒置によって示す。本巻の第千四百二十二首の「春来るらし」が、遠い梢の咲きゆくさまから春を知ったのと同じ構えで、この歌は近くの浅茅の散りゆくさまから秋を知っている。

あさぢ:丈の低いちがや
作者
穂積皇子
出典
万葉集
前の歌
今朝の朝明雁が音聞きつ春日山 もみちにけらし我が心痛し
次の歌
言繁き里に住まずは今朝鳴きし 雁にたぐひて行かましものを