古典和歌stream

言繁き里に住まずは今朝鳴きし
雁にたぐひて行かましものを

歌の意味
うわさのうるさい里に住んでいるくらいなら、今朝鳴いていた雁と連れ立って、飛んで行ってしまいたいものを。
鑑賞
巻第八 秋雑歌 1515

詞書「但馬皇女の御歌一首[一書に云ふ、子部王の作なりと]」
 人のうわさがうるさい里に住んでいるくらいなら、今朝鳴いて渡っていった雁と連れ立って、どこかへ飛んで行ってしまいたいと詠む歌である。題詞の注には子部王の作とする伝えも記されている。恋をめぐる人の口のうるささに苦しむ心が、空を渡る雁への憧れとして表されている。
 作者の但馬皇女は天武天皇の皇女で、穂積皇子との恋が万葉集に伝えられている。この歌も、前の二首の穂積皇子の御歌に続けて配されている。
 なお原文の末尾には、二句を「国にあらずは」とする「一に云ふ」の異伝の注記があり、歌の本文ではないため除いた。ここでは本文の「言繁き里に住まずは」の形に従う。

 初句「言繁き」は、人のうわさがうるさいの意である。本巻の第千四百九十九首も「言繁み」と、うわさのために恋人が訪れないことを嘆いている。
 二句「里に住まずは」の「ずは」は、〜しないでいるよりはの意で、そんな里に住んでいるくらいならと願う。
 三句「今朝鳴きし」は、今朝鳴いていたの意で、秋の空を渡る雁の声を思い起こしている。前歌の第千五百十三首で穂積皇子が「今朝の朝明雁が音聞きつ」と詠んだのと、同じく今朝の雁の声を詠んでいる点で呼応している。
 四句「雁にたぐひて」は、雁と連れ立っての意である。
 結句「行かましものを」は、反実仮想の「まし」に「ものを」を添え、飛んで行ってしまいたいのにと、かなわぬ願いを表している。

たぐふ:連れ立つ、寄り添う
作者
但馬皇女
出典
万葉集
前の歌
秋萩は咲くべくあらし我がやどの 浅茅が花の散りゆく見れば
次の歌
秋山にもみつ木の葉のうつりなば さらにや秋を見まく欲りせむ