- 歌の意味
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風や雲は天の川の両岸を行き来するけれども、遠く離れた私の妻の言葉は通ってこない。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1521
詞書は前の歌に続き「山上臣憶良の七夕の歌十二首」、長歌の反歌
風や雲は天の川の両岸を自由に行き来するのに、遠く隔てられた妻の言葉だけは届かないと、彦星の立場で嘆く歌である。長歌の第千五百二十首の反歌で、長歌が一年に一度の逢瀬を待ちわびる彦星の思いを詠んだのを受けている。左注に「右は、天平元年(729)七月七日の夜、憶良、天の川を仰ぎ観る[一に云ふ、帥の家にして作る]」とある。
作者の山上憶良は奈良時代前期の官人で歌人である。遣唐使の一員として唐に渡り、のちに筑前守となった。人生や社会を見つめた歌で知られる。
なお原文には四句に「一に云ふ、愛し妻の」とする異伝の注記があり、歌の本文ではないため除いた。ここでは本文の「我が遠妻の」の形に従う。
初句「風雲は」は、天の川の上を自由に行き交う風と雲である。
二句「二つの岸に」は、天の川の両岸にの意である。
三句「通へども」は、逆接の「ども」で、行き来するけれどもの意である。
四句「我が遠妻の」は、遠く離れている妻、すなわち織女を指す。
結句「言ぞ通はぬ」は、係助詞「ぞ」を受けて打消の「ず」の連体形「ぬ」で結ぶ係り結びで、言葉が通わないことを強く嘆く。三句の「通へ」と結句の「通は」を対比させ、自然は通うのに人の言葉は通わないという隔たりを際立たせている。
とほづま:遠く離れて暮らす妻
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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久方の天の川瀬に舟浮けて 今夜か君が我がり来まさむ
- 次の歌
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たぶてにも投げ越しつべき天の川 隔てればかもあまたすべなき