我が背子をいつぞ今かと待つなへに
面やは見えむ秋の風吹く
- 歌の意味
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あなたを、いつ来るか、今か今かと待っているちょうどその時に、その姿が見えるだろうか、いや見えはしない。ただ秋の風が吹いている。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1535
詞書「藤原宇合卿の歌一首」
恋しい人の訪れを今か今かと待っているのに、その姿は見えず、ただ秋の風が吹くばかりだと、待つ女性の立場で詠んだ歌である。宴の席などで女性の心になって詠まれたものと解されている。
作者の藤原宇合は、藤原不比等の子で、藤原式家の祖にあたる。遣唐副使として唐に渡り、のちに参議となった。
初句「我が背子を」は、待っている恋しい男性を指す。
二句「いつぞ今かと」は、いつ来るか、今来るかと待ちわびる心を表す。
三句「待つなへに」の「なへに」は、〜するちょうどその時にの意である。
四句「面やは見えむ」は、反語の「やは」で、姿が見えるだろうか、いや見えはしないと打ち消し、ここで句切れとなる。
結句「秋の風吹く」は、秋の風が吹いていると言い切り、待つ人の代わりに訪れる風の寂しさを印象づける。本巻の第千六百六首の額田王の歌も「君待つと我が恋ひをれば」と待つ心を詠み、同じ「秋の風吹く」の結句で結んでおり、秋雑歌と秋相聞とで呼応している。
おも:顔、姿
- 作者
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藤原宇合
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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をみなへし秋萩折れれ玉桙の 道行きづとと乞はむ子がため
- 次の歌
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宵に逢ひて朝面なみ名張野の 萩は散りにき黄葉早継げ