秋萩は盛り過ぐるをいたづらに
かざしに挿さず帰りなむとや
- 歌の意味
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秋萩は盛りが過ぎようとしているのに、むなしく、髪に挿しもしないで帰ってしまおうというのですか。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1559
詞書は前の歌に続き「故郷の豊浦寺の尼の私房に宴する歌三首」
秋萩の盛りが過ぎようとしているのに、その花を髪に挿しもせず、むなしく帰ってしまうのかと、宴の客を引き留める歌である。宴の主人側の尼たちが、客にもう少しゆっくりしていってほしいと願う心を、萩の花に託して表している。
左注に「右二首は、沙弥尼等」とあり、宴の主人側であった尼たちの作とされるが、個々の作者の名は伝わらない。沙弥尼は出家して間もない修行中の尼である。
初句「秋萩は」は、宴の庭に咲く秋萩を示す。
二句「盛り過ぐるを」は、盛りが過ぎようとしているのにの意である。前の第千五百五十七首が雨に散るのを惜しんだ萩を受け、盛りの過ぎゆく萩として詠んでいる。
三句「いたづらに」は、むなしく、無駄にの意である。
四句「かざしに挿さず」は、髪に挿して飾ることもせずにの意である。花をかざすことは宴の楽しみの一つであった。
結句「帰りなむとや」は、完了の「な」、意志の「む」、疑問の「とや」で、帰ってしまおうというのかと問いかけ、客を引き留めている。
かざし:髪や冠に挿して飾る花や枝
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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鶉鳴く古りにし里の秋萩を 思ふ人どち相見つるかも
- 次の歌
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妹が目を始見の崎の秋萩は この月ごろは散りこすなゆめ