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春日野に時雨降る見ゆ明日よりは
黄葉かざさむ高円の山

歌の意味
春日野に時雨が降っているのが見える。明日からは、高円の山は黄葉を髪飾りのようにまとうことだろう。
鑑賞
巻第八 秋雑歌 1571

詞書は前の歌に続き「藤原朝臣八束の歌二首」
 春日野に時雨が降っているのを見て、明日からは高円山が黄葉を髪飾りのようにまとうだろうと思い描く歌である。時雨が木の葉を色づかせるという考えのもと、山を人に見立てて、黄葉に飾られた姿を華やかに想像している。
 作者の藤原八束は、藤原房前の子で、のちに真楯と改名した。大納言に至った。

 初句「春日野に」は、奈良の春日山のふもとに広がる野である。
 二句「時雨降る見ゆ」は、時雨の降るのが見えると言い切り、ここで句切れとなる。
 三句「明日よりは」は、明日からはの意で、時雨のあとの色づきを期待する。本巻の第千四百二十七首の山部赤人の歌も同じ句で、明日から若菜を摘もうと待ち望んでおり、春と秋とで明日を待つ心が呼応している。
 四句「黄葉かざさむ」は、黄葉を髪飾りのように挿すだろうの意で、山を人に見立てた表現である。
 結句「高円の山」は体言止めで、黄葉をかざす主体を最後に示している。

かざす:花や枝を髪や冠に挿して飾る
作者
藤原八束
出典
万葉集
前の歌
ここにありて春日やいづち雨障み 出でて行かねば恋ひつつぞ居る
次の歌
我が宿の尾花が上の白露を 消たずて玉に貫くものにもが