しかとあらぬ五百代小田を刈り乱り
田廬に居れば都し思ほゆ
- 歌の意味
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それほど広くもない五百代ばかりの田を刈り乱して、田の仮小屋にいると、都が恋しく思われる。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1592
詞書「大伴坂上郎女の竹田の庄にして作る歌二首」
それほど広くもない田の稲を刈り乱して、田の仮小屋に過ごしていると、都が恋しく思われると詠む歌である。大伴氏の所領である竹田の田荘に滞在して稲刈りを見守る作者が、都の暮らしをなつかしんでいる。左注に「右は、天平十一年(739)秋九月に作る」とある。
作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。大伴家持の叔母であり、のちに姑ともなった。万葉集に多くの歌を残す女性歌人である。
初句「しかとあらぬ」は、それほど確かでもない、たいしたこともないの意で、田の狭さを謙遜して言っている。
二句「五百代小田を」は字余りで、五百代ほどの小さな田をの意である。「代」は田の広さの単位である。
三句「刈り乱り」は、稲を刈り乱しての意である。
四句「田廬に居れば」は、田のそばの仮小屋にいるとの意である。本巻の第千五百五十六首の忌部黒麻呂の歌も、秋田を刈るための「仮廬」を詠んでいる。
結句「都し思ほゆ」は、強意の「し」と自発の「ゆ」で、都が自然と恋しく思われることを表している。
いほしろ:五百代、田の広さを表す
たぶせ:田のそばに作った仮小屋
- 作者
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大伴坂上郎女
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち 遊ぶ今夜は明けずもあらぬか
- 次の歌
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隠口の泊瀬の山は色づきぬ 時雨の雨は降りにけらしも