隠口の泊瀬の山は色づきぬ
時雨の雨は降りにけらしも
- 歌の意味
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泊瀬の山は色づいた。時雨の雨がもう降ったらしい。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1593
詞書は前の歌に続き「大伴坂上郎女の竹田の庄にして作る歌二首」
泊瀬の山が色づいたのを見て、時雨の雨がもう降ったらしいと推し量る歌である。時雨が木の葉を色づかせるという考えのもと、遠くの山の色づきから季節の移ろいを感じ取っている。左注により、天平十一年(739)秋九月の作である。
作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。大伴家持の叔母であり、のちに姑ともなった。万葉集に多くの歌を残す女性歌人である。
初句「隠口の」は、山に囲まれた地の意で、「泊瀬」にかかる枕詞である。
二句「泊瀬の山は」は、奈良県桜井市初瀬のあたりの山である。
三句「色づきぬ」は、完了の「ぬ」で、色づいたと言い切り、ここで句切れとなる。
四句「時雨の雨は」は字余りで、木の葉を色づかせる時雨を示す。
結句「降りにけらしも」は、過去推定の「けらし」に詠嘆の「も」を添え、降ったらしいと推し量る。本巻の第千五百七十一首の藤原八束の歌は、時雨が降るのを見て明日の色づきを予想しており、この歌はその逆に、色づきから時雨の降ったことを知っている。
はつせ:奈良県桜井市初瀬のあたり
こもりく:山に囲まれた地、泊瀬にかかる枕詞
- 作者
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大伴坂上郎女
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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しかとあらぬ五百代小田を刈り乱り 田廬に居れば都し思ほゆ
- 次の歌
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時雨の雨間なくな降りそ紅に にほへる山の散らまく惜しも