さを鹿の胸別けにかも秋萩の
散り過ぎにける盛りかも去ぬる
- 歌の意味
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雄鹿が胸で押し分けて通ったからだろうか、秋萩が散ってしまったのは。それとも花の盛りが過ぎ去ったからだろうか。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1599
詞書は前の歌に続き「大伴宿禰家持の秋の歌三首」
秋萩が散ってしまったのは、雄鹿が胸で押し分けて通ったからか、それとも花の盛りが過ぎ去ったからかと、その理由を思いめぐらす歌である。野を駆ける鹿の力強い姿と、盛りを過ぎる萩のはかなさとが対比されている。左注により、天平十五年(743)秋八月の作で、三首の最後の歌である。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。中納言に至り、万葉集の編纂に深く関わったとされ、集中最も多くの歌を残す。
初句「さを鹿の」は、前歌の初句を受け、同じ野の雄鹿を詠んでいる。
二句「胸別けにかも」の「胸別け」は、胸で草木を押し分けて進むことで、疑問の「かも」で推し量る。
三句「秋萩の」は、散ってしまった秋萩を示す。
四句「散り過ぎにける」は、二句の「か」を受けて詠嘆の「けり」の連体形で結び、散ってしまったことを示す。ここで句切れとなる。
結句「盛りかも去ぬる」は、疑問の「か」を受けて連体形「去ぬる」で結び、盛りが過ぎ去ったのかと、もう一つの理由を推し量る。二句と結句に「かも」を重ね、二つの理由を並べて思い迷う心を表している。
むなわけ:胸で草木を押し分けて進むこと
いぬ:去る、過ぎ去る
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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さを鹿の朝立つ野辺の秋萩に 玉と見るまで置ける白露
- 次の歌
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妻恋ひに鹿鳴く山辺の秋萩は 露霜寒み盛り過ぎゆく