秋されば春日の山の黄葉見る
奈良の都の荒るらく惜しも
- 歌の意味
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秋になると春日山の黄葉を眺めてきた奈良の都が、荒れていくのが惜しいことだ。
- 鑑賞
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巻第八 秋雑歌 1604
詞書「大原真人今城の寧楽の故郷を傷み惜しむ歌一首」
秋になるといつも春日山の黄葉を眺めてきた奈良の都が、荒れていくのを惜しむ歌である。都が久迩京へ移されたのち、人の去った奈良の都を悲しむ心が、美しい黄葉の記憶とともに表されている。
作者の大原今城は、奈良時代の官人で、大原真人の姓を名乗った。
初句「秋されば」は、秋になるといつもの意である。
二句「春日の山の」は、奈良の都の東にある春日山である。
三句「黄葉見る」は、黄葉を眺めるの意で、かつて都の人々が秋ごとに楽しんだことを示す。
四句「奈良の都の」は、久迩京遷都によって人の去った奈良の都である。
結句「荒るらく惜しも」は、荒れていくことが惜しいの意で、詠嘆の「も」で結ぶ。本巻の第千五百十七首や第千五百九十四首の「散らまく惜しも」と同じ形で、黄葉の散るのを惜しむ心を、都の荒れるのを惜しむ心へと広げている。
もみち:木の葉が色づくこと、また色づいた葉
- 作者
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大原今城
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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このころの朝明に聞けばあしひきの 山呼び響めさを鹿鳴くも
- 次の歌
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高円の野辺の秋萩このころの 暁露に咲きにけむかも