秋の野を朝行く鹿の跡もなく
思ひし君に逢へる今夜か
- 歌の意味
-
秋の野を朝行く鹿が跡も残さないように、なんの当てもなく思っていたあなたに、お逢いできた今夜であることよ。
- 鑑賞
-
巻第八 秋相聞 1613
詞書「賀茂女王の歌一首[長屋王の女、母を阿倍朝臣といふ]」
秋の野を朝行く鹿が跡を残さないように、何の手がかりもないまま思い続けていた人に、ついに逢えた今夜の喜びを詠む歌である。望みのない恋が思いがけずかなった喜びが、驚きとともに表されている。左注には「右の歌は、或いは椋橋部女王の作と云ひ、或いは笠縫女王の作と云ふ」とあり、作者には異伝がある。
作者の賀茂女王は、題詞の注にあるとおり、長屋王の娘で、母は阿倍氏の女性である。
初句「秋の野を」は字余りで、鹿の行く秋の野を示す。
二句「朝行く鹿の」は、朝に野を行く鹿のの意である。
三句「跡もなく」は、足跡も残さないようにの意で、初句からここまでが、手がかりのない思いを導いている。
四句「思ひし君に」は、思い続けていたあなたにの意である。
結句「逢へる今夜か」は、存続の「り」と詠嘆の「か」で、逢えた今夜であることよと、喜びを込めて結んでいる。本巻の秋相聞には鹿を詠む歌が続き、前の第千六百十一首の鳴く鹿に対し、この歌は跡を残さず行く鹿を詠んでいる。
あと:足跡
- 作者
-
賀茂女王
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
神さぶといなにはあらず秋草の 結びし紐を解くは悲しも
- 次の歌
-
九月のその初雁の使にも 思ふ心は聞こえ来ぬかも