我が宿にもみつ蝦手見るごとに
妹を懸けつつ恋ひぬ日はなし
- 歌の意味
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我が家の庭で色づいたかえでを見るたびに、妹を心にかけて、恋しく思わない日はない。
- 鑑賞
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巻第八 秋相聞 1623
詞書は前の歌に続き「大伴田村大嬢の妹坂上大嬢に与ふる歌二首」
我が家の庭で色づいたかえでを見るたびに、妹のことを心にかけて、恋しく思わない日はないと詠む歌である。色づくかえでを見るという日々の営みの中に、妹を思う心が絶えずあることが表されている。
作者の大伴田村大嬢は、大伴宿奈麻呂の娘で、坂上大嬢の異母姉にあたる。田村の里に住んだことからこの名で呼ばれる。
初句「我が宿に」は、自分の家の庭にの意である。前歌の「我が宿の」を受け、同じ庭を詠んでいる。
二句「もみつ蝦手」は、色づいたかえでの意である。「蝦手」は、葉の形が蛙の手に似ていることからの名である。前歌が秋の萩を詠んだのに対し、この歌は色づくかえでを詠み、二首で秋の庭の彩りを詠み分けている。
三句「見るごとに」は、見るたびにの意である。
四句「妹を懸けつつ」は、妹を心にかけながらの意である。
結句「恋ひぬ日はなし」は、恋しく思わない日はないと言い切り、妹への変わらぬ思いを表している。
かへるで:かえで、葉の形が蛙の手に似ることからの名
もみつ:木の葉が色づく
- 作者
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大伴田村大嬢
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が宿の秋の萩咲く夕影に 今も見てしか妹が姿を
- 次の歌
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我が蒔ける早稲田の穂立作りたる かづらぞ見つつ偲はせ我が背