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妹がため我れ玉拾ふ沖辺なる
玉寄せ持ち来沖つ白波

歌の意味
妻のために私は玉を拾っている。沖のあたりにある玉を岸に寄せて持って来い、沖の白波よ。
鑑賞
巻第九 雑歌 1665

詞書「崗本宮に天の下知らしめす天皇の紀伊国に幸す時の歌二首」
 旅先の海辺で、都に残した妻への土産にする美しい玉を拾いながら、沖の白波に向かって、沖にある玉も岸に寄せて持って来てくれと呼びかける歌である。妻を思う心が、自然への素朴な呼びかけとなって表れている。
 詞書によれば、崗本宮で天下を治めた天皇が紀伊国に行幸した折の歌二首の一首目である。この天皇は舒明天皇とも斉明天皇とも解されるが、紀伊の湯への行幸の記録から斉明天皇とする説が有力である。左注には右二首は作者未詳とあり、行幸に従った人の歌と考えられる。
 本巻の第千六百六十七首はこの歌とほとんど同じ形で、大宝元年(701)の紀伊行幸の歌として重ねて載せられている。行幸の地で古い歌が歌い継がれていたことをうかがわせる。

 初句「妹がため」は、妻のために、の意で、玉を拾う目的を先に示す。本巻の第千六百六十七首も同じ初句で始まる。
 二句「我れ玉拾ふ」は、自分は玉を拾っている、と今の行為を述べ、ここで句切れとなる。「玉」は海辺の美しい小石や真珠をいい、旅の土産とされた。第千六百六十七首では「我れ玉求む」となっている。
 三句「沖辺なる」は、沖のあたりにある、の意で、手の届かない所にある玉を示す。「なる」は存在を表す。
 四句「玉寄せ持ち来」は、玉を岸に寄せて持って来い、という命令である。第千六百六十七首では「白玉寄せ来」とされる。
 結句「沖つ白波」は、呼びかける相手を最後に置く倒置であり、体言止めとなっている。「つ」は「の」の意の古い連体助詞である。第千六百六十七首とまったく同じ結句である。

いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
ひりふ:拾う
おきへ:沖のあたり
出典
万葉集
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夕されば小倉の山に伏す鹿の 今夜は鳴かず寝ねにけらしも
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