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朝霧に濡れにし衣干さずして
ひとりか君が山道越ゆらむ

歌の意味
朝霧に濡れてしまった衣を干すこともなく、あなたは今ごろひとりで山道を越えているのだろうか。
鑑賞
巻第九 雑歌 1666

詞書は前の歌に続き「崗本宮に天の下知らしめす天皇の紀伊国に幸す時の歌二首」
 行幸に従って旅立った夫を思い、朝霧に濡れた衣を干してくれる人もいないまま、ひとりで山道を越えているのだろうかと案じる歌である。都に残る妻の立場から詠まれ、前歌の旅先の男の歌と、旅する者と待つ者の対をなしている。
 詞書によれば、前歌と同じく崗本宮の天皇の紀伊行幸の折の歌二首の二首目であり、左注に右二首は作者未詳とある。
 本巻の第千七百三十首は、同じく旅の人を思う歌で「見つつか君が山道越ゆらむ」と、下の句がよく似た形をとっている。

 初句「朝霧に」は、旅の早朝に立ちこめる霧をいい、湿った山道の情景を示す。
 二句「濡れにし衣」は、濡れてしまった衣の意で、完了の「に」と過去の「し」が付き、すでに濡れた状態を表す。
 三句「干さずして」は、干すこともしないで、の意で、衣を干してやる者がそばにいないことを暗に示す。
 四句「ひとりか君が」は、ひとりで、あなたが、の意で、疑問の係助詞「か」が結句の「らむ」と係り結びをなす。「ひとり」の語に、夫を案じる妻の心がこもる。
 結句「山道越ゆらむ」は、今ごろ山道を越えているのだろう、と目の前にない様子を推量する。「らむ」は現在推量の助動詞で、四句の「か」を受けて連体形で結ぶ。本巻の第千七百三十首とまったく同じ結句である。

やまぢ:山の中の道
こゆ:越える
出典
万葉集
前の歌
妹がため我れ玉拾ふ沖辺なる 玉寄せ持ち来沖つ白波
次の歌
妹がため我れ玉求む沖辺なる 白玉寄せ来沖つ白波