- 歌の意味
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黒牛潟の潮の引いた浦を、紅の美しい裳の裾を引いて歩いて行くのは、誰の妻なのだろう。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1672
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
潮の引いた黒牛潟の浜辺を、紅の裳の裾を引いて歩く女性の姿を見て、あれは誰の妻かと心ひかれる歌である。黒々とした潟の名と紅の裳の対比が鮮やかで、行幸に従う女官の華やかな姿を描いたものと考えられる。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の六首目である。黒牛潟は現在の和歌山県海南市黒江付近の入江とされる。
本巻の挽歌に収められた第千七百九十八首は、同じ黒牛潟を、昔亡き妻とともに見た地として悲しみをこめて詠む。紅の裳の女性が歩く華やかな浜が、挽歌では寂しさの地として詠まれ、雑歌と挽歌とで明暗の対をなしている。
初句「黒牛潟」は、地名を示す六音の字余りの句である。「黒」の字が、三句の「紅」と色の対比をなす。
二句「潮干の浦を」は、潮の引いた浦の浜辺を、の意で、歩いて行く場所を示す。
三句「紅の」は、裳の色を示し、潮の引いた浜の上に鮮やかな紅色を浮かび上がらせる。
四句「玉裳裾引き」は、美しい裳の裾を引きずって、の意である。「玉裳」の「玉」は美称で、裾を長く引く装いは宮廷の女性の姿を思わせる。
結句「行くは誰が妻」は、歩いて行くのは誰の妻か、と問いかける体言止めの結びである。見知らぬ美しい女性への関心を、問いの形でほのめかしている。
も:女性が腰から下にまとった衣
たまも:美しい裳、「玉」は美称
すそびく:裾を長く引きずる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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由良の崎潮干にけらし白神の 磯の浦廻をあへて漕ぐなり
- 次の歌
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風莫の浜の白波いたづらに ここに寄せ来る見る人なしに