風莫の浜の白波いたづらに
ここに寄せ来る見る人なしに
- 歌の意味
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風莫の浜の白波は、むなしくここに寄せて来る。見る人もいないのに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1673
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
風莫の浜に寄せる美しい白波が、見る人もないままむなしく打ち寄せていると惜しむ歌である。美しい景色を共に見るはずの人がいない寂しさを、「いたづらに」「見る人なしに」の語でにじませている。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の七首目である。左注には、山上憶良の類聚歌林に、長忌寸意吉麻呂が詔に応じてこの歌を作ったとある。また本文には、四句を「ここに寄せ来も」とする異伝が注記されている。
作者の長意吉麻呂は長忌寸奥麻呂とも記され、持統朝から文武朝にかけて行幸に従って歌を詠んだ宮廷歌人である。即興の歌に巧みであったと伝えられる。
初句「風莫の」は、浜の名を示す。風の莫い、という字をあてた地名で、所在は明らかでないが、紀伊の海岸の地とされる。
二句「浜の白波」は、浜に寄せる白波をいい、一首の詠嘆の対象となる。
三句「いたづらに」は、むなしく、甲斐もなく、の意で、美しい白波が誰にも見られずに寄せることを嘆く。
四句「ここに寄せ来る」は、ここに寄せて来る、の意で、連体形で結句へと続く。異伝では「ここに寄せ来も」と詠嘆の「も」で言い切る形となっている。
結句「見る人なしに」は、見る人もいないのに、の意で、三句「いたづらに」の理由を最後に明かす倒置となっている。都に残した人と共に見たいという思いがこめられていると解される。
かざなし:紀伊の浜の名、所在未詳
- 作者
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長意吉麻呂(類聚歌林による)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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黒牛潟潮干の浦を紅の 玉裳裾引き行くは誰が妻
- 次の歌
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我が背子が使来むかと出立の この松原を今日か過ぎなむ