藤白の御坂を越ゆと白栲の
我が衣手は濡れにけるかも
- 歌の意味
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藤白の御坂を越えようとして、私の白い衣の袖は、すっかり濡れてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1675
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
藤白の坂を越えるにあたって、白い衣の袖が濡れてしまったと詠む歌である。濡れた理由は明示されないが、藤白坂は有間皇子が処刑された地であり、その悲劇をしのぶ涙で袖が濡れたと解されている。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の九首目である。藤白の御坂は現在の和歌山県海南市藤白にある坂で、熊野へ向かう道の要所であった。日本書紀には、斉明天皇四年(658)に有間皇子が謀反の罪によってこの地で絞殺されたと記されている。
初句「藤白の」は、坂の地名を示す。
二句「御坂を越ゆと」は、御坂を越えようとして、の意である。「御」は坂の美称で、峠に神を感じて畏れ敬う心がこもる。
三句「白栲の」は、白い布の意から衣や袖にかかる枕詞である。
四句「我が衣手は」は、私の袖は、の意で、係助詞「は」がとりたてて示す。
結句「濡れにけるかも」は、濡れてしまったことだ、の意で、完了の「に」と過去の「ける」に詠嘆の「かも」が付く。濡れた理由を語らないことで、有間皇子をしのぶ涙をほのめかしている。
しろたへ:楮などの繊維で織った白い布
ころもで:衣の袖
みさか:坂の美称、神の坐す峠
- 出典
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万葉集
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我が背子が使来むかと出立の この松原を今日か過ぎなむ
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背の山に黄葉常敷く神岳の 山の黄葉は今日か散るらむ