大和には聞こえも行くか大我野の
竹葉刈り敷き廬りせりとは
- 歌の意味
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大和には伝わって行くだろうか。大我野の竹の葉を刈り敷いて、仮の庵に宿っているということは。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1677
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
大我野で竹の葉を刈り敷いて仮の庵に宿る旅のつらさを、故郷の大和の人々に知ってほしいと願う歌である。旅の侘しさを、都に残る人への思いとして表している。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の十一首目である。大我野は現在の和歌山県橋本市付近の野とされる。
初句「大和には」は、故郷の大和を示し、係助詞「は」でとりたてる。
二句「聞こえも行くか」は、伝わって行くだろうか、の意で、ここで句切れとなる。伝えたい内容を三句以下に回す倒置となっている。
三句「大我野の」は、宿る地の名を示す。
四句「竹葉刈り敷き」は、竹の葉を刈り取って敷き、寝床とすることをいう。
結句「廬りせりとは」は、仮の庵を作って宿っているということは、の意で、二句の「聞こえも行くか」の内容を最後に示す倒置の結びである。
たかは:竹の葉
いほり:旅先などで仮に作る粗末な小屋、またそこに宿ること
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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背の山に黄葉常敷く神岳の 山の黄葉は今日か散るらむ
- 次の歌
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紀の国の昔弓雄の鳴り矢もち 鹿取り靡けし坂の上にぞある