紀の国の昔弓雄の鳴り矢もち
鹿取り靡けし坂の上にぞある
- 歌の意味
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紀の国の昔の狩人が、鳴り矢を用いて鹿を射取って従えたという、その坂の上に今私はいるのだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1678
詞書は前の歌に続き「大宝元年辛丑冬十月、太上天皇、大行天皇、紀伊国に幸す時の歌十三首」
紀の国の昔の狩人が鳴り矢で鹿を射止めたという言い伝えの坂の上に、自分は今立っているのだと感慨をこめて詠む歌である。土地に伝わる古い話を思い起こし、旅の地をほめたたえている。
大宝元年(701)の紀伊行幸の歌十三首の十二首目である。坂の所在は明らかでないが、紀の国に伝わる狩の伝承にちなむ地と考えられる。
初句「紀の国の」は、伝承の舞台となる国を示す。
二句「昔弓雄の」は、昔の狩人の、の意で、「弓雄」は弓矢で獲物を狩る男をいう。
三句「鳴り矢もち」は、鳴り矢を用いて、の意で、鳴り矢は射ると音を立てて飛ぶ鏑矢をいう。
四句「鹿取り靡けし」は、鹿を射取って従わせた、の意で、「し」は過去の助動詞である。
結句「坂の上にぞある」は、その坂の上に今いるのだ、の意で、九音の字余りとなっている。係助詞「ぞ」と連体形の「ある」が係り結びをなし、伝説の地に立つ感慨を強く言い切る。
さつを:獲物を狩る男、狩人
なりや:射ると音を立てて飛ぶ矢、鏑矢
なびく:ここでは従わせる、屈服させる
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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大和には聞こえも行くか大我野の 竹葉刈り敷き廬りせりとは
- 次の歌
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紀の国にやまず通はむ妻の杜 妻寄しこせね妻といひながら