あさもよし紀へ行く君が真土山
越ゆらむ今日ぞ雨な降りそね
- 歌の意味
-
紀の国へ行くあなたが真土山を越えているであろう今日こそは、雨よ降らないでくれ。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌 1680
詞書「後の人の歌二首」
紀の国へ旅立った人が、真土山を越えているであろう今日こそは、どうか雨よ降るなと願う歌である。旅の無事を祈る、残された者の思いやりがこもっている。
詞書に「後の人の歌」とあり、紀伊行幸に従った人を都で待つ人の歌と解される。前の十三首が旅先の歌であるのに対し、残された側の歌を二首添えることで、旅する者と待つ者との対が作られている。
初句「あさもよし」は、紀にかかる枕詞である。麻の裳のよいものが紀の国の産物であったことによるとされる。
二句「紀へ行く君が」は、紀の国へ旅立った人をいう。
三句「真土山」は、大和と紀伊の国境にある山で、現在の奈良県五條市と和歌山県橋本市の境にあたる。
四句「越ゆらむ今日ぞ」は、越えているであろう今日こそ、の意で、「らむ」は現在推量の助動詞、係助詞「ぞ」が「今日」を強める。次歌第千六百八十一首の結句「今日か越ゆらむ」とは、語順を入れ替えた対応をなしている。
結句「雨な降りそね」は、雨よ降らないでくれ、の意で、「な〜そ」の禁止に終助詞「ね」が添えられている。本巻の第千六百六十九首の「潮な満ちそね」と同じ形の願いである。
まつちやま:大和と紀伊の境にある山
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
紀の国にやまず通はむ妻の杜 妻寄しこせね妻といひながら
- 次の歌
-
後れ居て我が恋ひ居れば白雲の たなびく山を今日か越ゆらむ