旅なれば夜中をさして照る月の
高島山に隠らく惜しも
- 歌の意味
-
旅の身であるので、夜中に向かって照り渡る月が、高島山に隠れてしまうのが惜しいことだ。
- 鑑賞
-
巻第九 雑歌 1691
詞書は前の歌に続き「高島にして作る歌二首」
旅の身の心細さから、夜中まで照らしてくれる月が高島山に隠れてしまうのを惜しむ歌である。旅の夜の頼りとなる月への愛惜がこめられている。
高島で作った歌二首の二首目である。前歌が川波の音を詠むのに対し、この歌は夜空の月を詠み、音と光とで旅の夜を描き分けている。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
なお本文の初句は「旅なれば」とあり、読み仮名の行の「たびにあれば」と一致しない。ここでは本文の表記に従う。
初句「旅なれば」は、旅の身であるので、の意で、月を惜しむ理由を先に示す。
二句「夜中をさして」は、夜中をめがけて、夜中に向かって、の意である。
三句「照る月の」は、夜の旅路を照らす月をいう。
四句「高島山に」は、月の隠れて行く高島の山を示す。
結句「隠らく惜しも」は、隠れることが惜しい、の意である。「隠らく」は「隠る」に「く」が付いて名詞化したク語法で、「惜し」に詠嘆の「も」が添えられている。
かくる:隠れる、見えなくなる
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
高島の阿渡川波は騒けども 我れは家思ふ宿り悲しみ
- 次の歌
-
我が恋ふる妹は逢はさず玉の浦に 衣片敷き独りかも寝む