古典和歌stream

妹が門入り泉川の常滑に
み雪残れりいまだ冬かも

歌の意味
泉川の川床の滑らかな岩に、雪が消え残っている。まだ冬なのだろうか。
鑑賞
巻第九 雑歌 1695

詞書「泉川にして作る歌一首」
 泉川の川床の岩に雪が消え残っているのを見て、まだ冬なのだろうかと驚く歌である。春を迎えたはずの旅路に残る雪の白さが印象的である。
 泉川は京都府南部を流れる木津川である。本巻の第千六百八十五首第千六百八十六首も泉川のほとりで作られた歌である。
 作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。

 初句「妹が門」は、妻の家の門の意で、二句の「入り」とともに、門を入り出づる意から「泉川」を導く序となっている。
 二句「入り泉川の」は、門に入り、出づ、の意から地名の「いづみ」へ続ける掛詞的な表現で、八音の字余りとなっている。
 三句「常滑に」は、川床の岩が水苔で常に滑らかなところに、の意である。
 四句「み雪残れり」は、雪が消え残っている、の意で、「み」は美称、「り」は存続の助動詞である。ここで句切れとなる。
 結句「いまだ冬かも」は、まだ冬なのだろうか、の意で、「かも」は疑問を表す。本巻の第千六百八十四首の「いまだふふめり」と同じく、「いまだ」の語で季節の進みの遅さを表している。

とこなめ:川床の岩に水苔がついて常に滑らかなところ
みゆき:雪の美称
作者
柿本人麻呂
出典
万葉集
前の歌
栲領巾の鷺坂山の白つつじ 我れににほはに妹に示さむ
次の歌
衣手の名木の川辺を春雨に 我れ立ち濡ると家思ふらむか