あぶり干す人もあれやも家人の
春雨すらを間使ひにする
- 歌の意味
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火であぶって干してくれる人がいるだろうか、いはしない。それなのに家の人は、春雨までも使いにしてよこす。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1698
詞書は前の歌に続き「名木川にして作る歌三首」
濡れた衣を乾かしてくれる人もいないのに、家人は春雨までも使いにしてよこしてくる、と詠む歌である。前歌の見立てを受け、濡れる困惑を家人への親しみをこめて訴えている。
名木川で作った歌三首の三首目で、一連の結びとなる。本巻の第千六百八十八首と初句と二句が同じである。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
初句「あぶり干す」は、火にかざして乾かす、の意である。
二句「人もあれやも」は、そうしてくれる人がいるだろうか、いはしない、という反語で、ここで句切れとなる。本巻の第千六百八十八首と同じ初句と二句である。
三句「家人の」は、前歌第千六百九十七首の初句と同じ語で、一連をつないでいる。
四句「春雨すらを」は、春雨までも、の意で、「すら」は極端な例を示す副助詞である。
結句「間使ひにする」は、使いとしてよこす、の意で、前歌の「使ひ」を受けて一連を結んでいる。
まつかひ:二人の間を行き来して意を伝える使い
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家人の使ひにあらし春雨の 避くれど我れを濡らさく思へば
- 次の歌
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巨椋の入江響むなり射目人の 伏見が田居に雁渡るらし