- 歌の意味
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雲に隠れて雁が鳴く時節には、秋山の黄葉をひたすら待っている。その時は過ぎてゆくけれども。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1703
詞書は前の歌に続き「弓削皇子に献る歌三首」
雲に隠れて雁が鳴く季節になると、秋山の黄葉をひたすら待ち望む、その時節は過ぎてゆくけれども、と詠む歌である。黄葉を待つ心に、皇子の恩顧を待つ思いを託したものと解されている。
弓削皇子に献った歌三首の三首目である。二句と結句に「時は」を重ねる独特の構成をとり、解釈には諸説がある。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。弓削皇子は天武天皇の皇子で、文武天皇三年(699)に没した。
初句「雲隠り」は、雲に隠れて、の意で、姿の見えない雁の声を示す。
二句「雁鳴く時は」は、雁の鳴く時節には、の意で、結句の「時は」と対応する。
三句「秋山の」は、黄葉する秋の山をいう。
四句「黄葉片待つ」は、黄葉をひたすら待つ、の意である。本巻の第千七百五首の「片待つ我れぞ」、第千七百六十三首の「片待ちかたき」にも同じ「片待つ」の語が見える。
結句「時は過ぐれど」は、その時は過ぎてゆくけれども、の意で、逆接で言いさして余情を残す。二句の「時は」を重ねて、待つ時と過ぎ去る時とを対比している。
くもがくる:雲に隠れる
かたまつ:ひたすら待つ、一途に待ち望む
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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妹があたり繁き雁が音夕霧に 来鳴きて過ぎぬすべなきまでに
- 次の歌
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ふさ手折り多武の山霧繁みかも 細川の瀬に波の騒ける