山背の久世の鷺坂神代より
春は張りつつ秋は散りけり
- 歌の意味
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山背の久世の鷺坂では、神代の昔から、春には木々が芽吹き、秋には葉が散ってきたのだった。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1707
詞書「鷺坂にして作る歌一首」
山背の久世の鷺坂では、神代の昔から春には木々が芽吹き、秋には葉が散ることをくり返してきたのだと詠む歌である。変わらずにめぐる自然の営みに、悠久の時の流れを感じ取っている。
本巻の第千六百八十七首第千六百九十四首も鷺坂の歌で、鷺坂の歌が三首にわたって配されている。本歌はその中で、一夜の宿りや一輪の花ではなく、神代からの長い時の尺度で鷺坂をとらえている。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。本歌は柿本人麻呂歌集から採られたもので、この歌集には人麻呂自身の作と、人麻呂が集めた他の人の作とが含まれると考えられている。
初句「山背の」は、国の名を示し、山背国すなわち現在の京都府南部をいう。
二句「久世の鷺坂」は、鷺坂の所在を示す。
三句「神代より」は、神々の時代から、の意で、一首の時の尺度を大きく広げている。
四句「春は張りつつ」は、春には芽がふくらみ、の意で、「つつ」は反復を表す。
結句「秋は散りけり」は、秋には散ってきたのだった、の意で、「けり」は気づきの詠嘆を表す。四句の春と結句の秋とを対にして、季節のめぐりを示している。
はる:木の芽がふくらむ、芽吹く
かむよ:神々が治めていた遠い昔
- 作者
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柿本人麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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ぬばたまの夜霧は立ちぬ衣手の 高屋の上にたなびくまでに
- 次の歌
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春草を馬咋山ゆ越え来なる 雁の使は宿り過ぐなり