百伝ふ八十の島廻を漕ぎ来れど
粟の小島は見れど飽かぬかも
- 歌の意味
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数多くの島々のまわりを漕いで来たけれど、粟の小島は、いくら見ても見飽きないことだ。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1711
詞書なし
数多くの島々をめぐって船を漕いで来たが、粟の小島だけはいくら見ても見飽きないとたたえる、土地讃めの歌である。
題詞はなく、左注に右二首は或いは柿本朝臣人麻呂の作という、とある。粟の小島の所在は明らかでなく、阿波国や淡路島付近の島とする説がある。
作者の柿本人麻呂は持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人である。左注は人麻呂の作とする一説を伝えるのみで、作者は確かではない。
初句「百伝ふ」は、八十にかかる枕詞である。数を数え伝えて百に至る意からとされる。
二句「八十の島廻を」は、多くの島のめぐりを、の意である。
三句「漕ぎ来れど」は、漕いで来たけれど、の意で、逆接で四句へつなぐ。
四句「粟の小島は」は、係助詞「は」によって、数多くの島の中から粟の小島を際立たせる。
結句「見れど飽かぬかも」は、見ても見飽きないことだ、の意で、土地をたたえる常套の句である。本巻の第千七百二十一首第千七百二十三首第千七百二十五首第千七百三十六首にも「見れど飽か」の句が見え、以下の吉野の讃歌へと受け継がれている。
やそ:数の多いこと
しまみ:島のめぐり、島の周り
- 作者
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柿本人麻呂(或る説による)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子が赤裳ひづちて植ゑし田を 刈りて収めむ倉無の浜
- 次の歌
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天の原雲なき宵にぬばたまの 夜渡る月の入らまく惜しも