三川の淵瀬もおちず小網さすに
衣手濡れぬ干す子はなしに
- 歌の意味
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三川の淵も瀬も残らず小網を差して魚をとっていると、袖が濡れてしまった。干してくれる娘もいないのに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1717
詞書「春日の歌一首」
三川の淵も瀬も残さず小網を差して漁をしているうちに袖が濡れてしまったが、干してくれる娘もいないと嘆く歌である。旅先の漁の楽しさと、ひとり身の寂しさとが軽やかに詠まれている。
三川の所在は明らかでなく、近江国の川とする説や三河国の川とする説がある。
作者の春日蔵首老は、もとは僧で弁基と称し、大宝元年(701)に朝廷の命によって還俗した人物である。
初句「三川の」は、漁をする川の名を示す。
二句「淵瀬もおちず」は、淵も瀬も一つ残らず、の意で、「おつ」は漏れる、抜け落ちるの意である。
三句「小網さすに」は、小網を差して魚をとっていると、の意である。
四句「衣手濡れぬ」は、袖が濡れてしまった、の意で、ここで句切れとなる。
結句「干す子はなしに」は、干してくれる娘もいないのに、の意である。本巻の第千六百八十八首第千六百九十八首の「あぶり干す人もあれやも」と同じく、濡れた衣を干す人のいない旅のわびしさを詠んでいる。
ふちせ:流れの深い淵と浅い瀬
おつ:漏れる、抜け落ちる
さで:柄の先に袋状の網をつけた小さな網
- 作者
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春日蔵首老
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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白波の浜松の木の手向けくさ 幾代までにか年は経ぬらむ
- 次の歌
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率ひて漕ぎ行く舟は高島の 安曇の港に泊てにけむかも