苦しくも暮れゆく日かも吉野川
清き川原を見れど飽かなくに
- 歌の意味
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つらいことに暮れて行く日であるよ。吉野川の清らかな川原は、いくら見ても見飽きないのに。
- 鑑賞
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巻第九 雑歌 1721
詞書は前の歌に続き「元仁の歌三首」
吉野川の清らかな川原はいくら見ても見飽きないのに、日が暮れて行くのがつらいと嘆く歌である。時の過ぎるのを惜しむ心によって、吉野の美しさをたたえている。
元仁の歌三首の二首目である。
作者の元仁は伝未詳で、僧の名とする説もある。左注によれば、本歌は柿本人麻呂歌集に出る歌である。
初句「苦しくも」は、つらいことに、の意で、嘆きの心を先に示す。
二句「暮れゆく日かも」は、暮れていく日であるよ、の意で、「かも」は詠嘆を表す。ここで句切れとなる。
三句「吉野川」は、見ている川の名を示す。
四句「清き川原を」は、清らかな川原を、の意である。
結句「見れど飽かなくに」は、見ても見飽きないのに、の意で、「なくに」は打消に逆接の詠嘆が加わった形である。本巻の第千七百十一首第千七百二十五首第千七百三十六首の「見れど飽かぬかも」と同じく讃美の句であり、日暮れを嘆く理由を最後に示す倒置となっている。
かはら:川辺の石や砂の多い平地
- 作者
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元仁
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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馬並めてうち群れ越え来今日見つる 吉野の川をいつかへり見む
- 次の歌
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吉野川川波高み滝の浦を 見ずかなりなむ恋しけまくに